母は4月19日 午前8時52分、苦しむことなく安らかに息をひきとりました。
笑顔で眠っているようで、まだ正直実感がわきません。ただただ涙が流れます。
聖書で、一粒の麦が生きれば一粒のままで、死ねば多くの麦を残すということばがあります。
母は死をもってわたしにたくさんの心の財産を遺してくれました。
どれほどじぶんが渇いていたのか、思い知りました。文字通り母が一粒の麦になって、
わたしに多くの心の財産を残してくれました。
プロテスタントで洗礼を受けている母の枕元にはいつも聖書と「塩狩峠」(三浦綾子)がありました。
亡くなるまでの3時間、わたしは母にずっと話しかけ、わたしの指にガーゼを巻きつけ、
ポカリスエットをしみこませ、繰り返し繰り返し、口を潤わせていました。
自力で水分をとれない母が、喉の渇きは苦痛だとおもったからです。
終始母を見つめていました。「もういいよ。がんばらんでいいよ。ありがとう」と泣きながら
ひとりで、母に言い続けました。叫んでいたかもしれません。
死の10分ほど前、母が意識混濁の中、
「黒部ダムに行きたいって言ってたのに連れて行ってあげずにごめんな」
といいました。すると母は閉じていた目をあけ、じっとわたしを見つめ、目を閉じました。
すると左目から涙が流れていました。驚きました。
もうだめかもしれないとおもい、呼吸数を数えて、見守っていました。そしていよいよ最期の呼吸に
はいったとき、スタッフを呼びました。親族はわたしひとりでしたが16年入院していた母には、
スタッフが臨終の際、たくさん立ち会ってくれました。
「8時52分です」とナースが言ったとき、わたしはかすれた声で「お母さん、お母さん」と叫びました。
まいにち母に話しかけすぎて、声が枯れていました。
「お母さん!うそやろ?寝てるだけやろ?まだ生きてるんやろ?お願い、答えて!答えてよ!あったかいやんか!」
と何度も叫びました。母には友達も身寄りも少なく、その少ない親族の中で看取れたのはわたしひとりでした。
清拭(身体をタオルで拭くこと)と死後の処置、死に化粧、すべてわたしが行いました。
物静かで無口で穏やかな母の性格を表すような死に様でした。それは生き様でもありました。
母が洗礼を受けた教会に連絡を取り、遺体を棺に入れてもらいました。
わたしは日曜学校に10年通っていました。懇意にしていた先生方、役員の方がたくさんいてくださり、
「おかえり」と泣きながら大勢の兄弟姉妹(洗礼を受けるとこう呼びます)が母を喜んで迎えてくれました。
その夜、母の遺体を礼拝堂に置き、主人とわたしと母、親子水入らずでほんとうに大切な時間を過ごしました。
わたしは尽きることなく母に話しかけ、棺のすぐ横で3時間ほど熟睡しました。
母に付き添って、ほとんど眠っていないわたしを、母が眠らせてくれました。
朝、5時に起き、礼拝堂を片付け、わたしは母が大好きだった、モーツァルトのソナタを弾きました。
ひどい演奏でしたが、母がピアノを習わせてくれたことに感謝しながら弾きました。
13時からの告別式が近くなって、心残りのないよう、母の着物に着替え、もういちど着物姿で最後の演奏をしました。
泣きながら演奏しました。皆、静かに聴いてくださいました。
母ひとり子ひとりでいろんなことと闘ってきました。でも母はすべての苦悩から解放されました。
ほんとうに、母が信じる主のもとへ旅立ったのです。
わたしに「人を愛することとは何か、生を受け継ぐということは何か」を死をもって教えてくれました。
告別式の礼拝に集まったのは20名足らずでした。喪主は主人がしてくれましたが、わたしは一番最後に
挨拶をさせていただきました。わたしは3つのことを言いました。
・友達も身寄りも少ない母が、教会でこれほど愛されていることにとても感謝していること
・施設でも多くの人に愛され、母もわたしも幸せなこと。
・母は主に導かれ、わたしは主と母に導かれ、いま、わたしがここに在ることに感謝していること
泣きながら、ゆっくり話しました。
主人と結婚した頃、母はもうわたしたちのことは認知していませんでした。
しかし「お母さん」と主人が話しかけると、母は主人の方を見て微笑んでくれました。
ここ数年は母もわたしも苦しみが多かったです。尊厳死や生命倫理を考えました。
主人は喪主の挨拶のとき、
「母は7年前、ぼくの顔を見て微笑んでくれました。それからは苦しい日々でしたが、
今、その微笑みが帰ってきました」と述べてくれました。
ほんとうに母の遺体は笑顔でした。何も苦しむことなく主のもとへ旅立ちました。
わたしは棺が閉められる直前、みなさまが見守ってくださる中、母の元へ行き
「お母さんありがとうありがとう。ありがとうな。忘れへんからな。もう大丈夫やからな 育ててくれてありがとう」
と泣きながら、母の額を撫で、母の耳元で叫びました。
わたしは無宗教で、宗教は嫌いで、頑なに拒んでいました。
告別式の前日、母と親子水入らずで過ごし、宗教とは何かを少しだけ考えました。
世界にはたくさんの宗教があります。
なにかを強く信じるということはほんとうに素晴らしいことだとおもいます。
母との一晩で、得たことは、神を信じる人の数だけ神がいて、みな生まれる前の姿に戻っていくのだということです。
それは祝福されるべきことなのかもしれない、と。
愛や、かたちのないもの、何かを強く信じることができないわたしに、母が身をもって、
”一粒の麦”となって、わたしのこの氷のように冷たい心を打ち砕いてくれました。
日曜日、母とわたしが通っていた教会へ礼拝を聞きにいきます。
みなさま。
どれほどこれをを読んでくださることで、わたしが支えられていたのか想像に難いとおもいます。
主、母、みなさまのおかげで、わたしにもう渇きはありません。すべてみなさまが潤わせてくれました。
今は胸がいっぱいで悲しみもありますが、同じくらい感謝のおもいで満ち足りています。
ほんとうにほんとうにありがとうございました。
母もわたしもほんとうに幸せです。そのことだけは覚えておいてください。
それほどみなさまの力は大きくわたしに響いてきました。落ち込んだり悲しくなったりしたら、
「じぶんは人をこれほど元気づけることができるのだ」とじぶんを褒めてあげてください。
そしてみなさまの人生に彩りを与えてあげて、じぶんのことを愛してください。
これは母とわたしの願いです。
